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ornithkendorist's blog

剣道上達日誌ーブランク20年中年剣士の奮闘譚ー

稽古日誌160907(51)

MiddleST先生

試合のエッセンスを仕込んでくださった。当たり前のことといえばそうですが、週末の試合への仕上げとしてはとても有り難いアドバイスだった。逆交差をする癖がある。反則を取られる。追い込まれた時に自分から出たら確実に合わせられる。払って入る時は中途半端では避けられる。打ち切ること。まじめに対峙しすぎる。余裕を持って、ふざける訳ではないが、真っすぐすぎる必要はない。横の動きも有効。固くない過ぎない。打ち出るときに体を盛り上げて出る。いい加減に直せ。

YoungerST先生

いつもと同じアドバイスだ。引いてからでたり、かわしてからでたり、そればっかりだ。北海道の剣道は違う、攻めて出て打突だ。(そんなつもりはないのだが、そう映っているのですな)。

SiT先生

自分の間合いを早く体得せよ。やはり面が面金だ。遣って出させる。

 

暫定

朝稽古、NSSUのYGS先生に稽古を頂いた。一市民剣士の私に合気の稽古を下さった。有効打突は一本あったかどうかですが、敵わない中でも清々しく稽古できた。短い時間だったが、スポーツではない剣道、それを体験できた様に思われた。ありがたい。

稽古日誌160822(45)

母指球と子指球に柄頭を置く握りにより、明らかに打突が強くなったと実感した。MiddleST先生に報告。最後のIZ先生との稽古を見て下さり「確実に面が伸びている」。ElderST先生も見て下さり「入る時に竹刀が立っている。もっと胸に差し込む様に入った方が良い」。面の打突の後に真っすぐ抜けず、回ってしまう癖もでた。綺麗に打ち強さも良かったのに残念な気分。基本打不足がでる。稽古後の打ち込みを徹底したいものだ。

最後の一本

XX先生:咄嗟の判断で出小手を決めた

NGくん:相手が中途半端に出たので上手く面打てた

KS先生:よそ見が分かったので小手面を決めた

IZ先生:引き面を取られた

稽古日誌160819(44)追記

打突のホットスポット、物打のどのポイントが一番威力が伝わるのか。刀も斬れるポイントは限られる。そのポイント意識して、点、点、点・・・と入り、そのポイントで打突。

 

稽古日誌160819(44)

YSKがメイン道場となったため、今後はYSKの場合は省略

ElderST先生

試合に関するアドバイスをSG会でもいただいたので、今日は完全に試合稽古。いつもは先を懸けて打って行くのがパターンだが、堪えて出ない様にした。下に攻められてきたので間合いを切ること二回、小手に来ることがおおよそ読めた。その二回は奏功し、小手抜き面が二回成功。最後の一本は、お相手は小手抜き面二本で出てこられなくなっているので、強気で上から攻める印象、相手の竹刀の上から懐に滑り込ませるように入って面、少し浅かったがとっていただいた。

HZ先生

近間過ぎる攻防をされる先生。懐に入りすぎるので合気の稽古はほとんど不可能。間合いを切りたいが、切ると入ってこられる。この剣風も攻略したいので、今後もお願いしようと思うのだが、殺伐とした感情をお互いに抱きがちになる。それを乗り越え、気持ちのいい稽古にならないものだろうか。

SNの方+2分一本勝負

遠い間合いから速い面を出される。見切ることはできるが、返しが難しい。その面をもらうことはなかったが、一度速い小手をもらった。中心を割り込み面を打した。少し浅かったが機会は完璧だったと思う。その後、一本でその速い面を読んで出小手で終了。そこでMIddleST先生が、2分1本勝負と声をかけていただき、開始。速い面は読めているので見ながら間合いを詰める。稽古時の面と同じパターンで面を打ったが浅かった。さらにもう一歩入った形で面。これは相手がのけぞる形になったので面金をたたくことになったが、勝負あり。

その後、MiddleST先生が手の内に関するアドバイス、極めて重要なアドバイスを下さった。「あなたの左の握りは第一、第二関節だ。それでは時間が経ってくると疲れて握りが甘くなる。左手の握りはそうではなく、母指球と子指球で握るんだ。それが一番力が入る。そうすれば人差し指、中指、薬指が柔らかくなる。右手も基本は同じ。そうすれば構えが柔らかくなる。裏表上下とつけられる。それをされると相手は攻め難い。そして打った瞬間の利きが良くなる。打突の弱さが解消され強くなる」。「機会はすごく良い。これができればあなたはここで一番強くなる」。そうなりたいものだ。

KT先生と手の内の話。「左手は竹刀が乗る場所、はまる場所がある。それをそれぞれが見つけるんだよ」。ありがとうございます。

たまには考えを整理する

私と同じような剣道のレベルの人に、おそらく共通の悩みは、懸待一致。ある先生は、「懸かるばかりではなく、攻めて引き出して、そこを打たないとだめだ」。ある先生は、「攻めて打たなくてはだめだ」。相手によって対峙の仕方を大きく変える程に、引き出しを持っていないので、こちらの変化とは思えない。相手の受け取り方が違うだけなのか?この頃、どのように稽古で相手対しているかというと(実現できているか、どうかは別として)、先を懸ける。気持ちも体も。特に右足の出し方に変化を付けつつ、相手の目を見て、気持ちの動きを察するようにする。気持ちが引けている場合は、更に攻めて打突する。もし、攻め返された場合は溜めを持って出頭を狙う様にする。おそらくごく普通の攻め口だろう。これに対し、相手の感じ方が変わるのはなぜだろうか。相手は、ほとんどの方が7段で、みな十分に稽古を積んで、一家言ある方々だ。それでも運動能力には差があるのだろうから、身体的な対応能力に依存している可能性がある。まず、「攻めて打たなくてはだめだ」と言われる先生は、どちらかというと若い。逆は、私の一回りくらい上の方々だ。私の打突が良く当たる場合は、攻める様に指摘される。

全剣連の剣道学科審査の問題例と解答例(初段〜五段)にもある通り、基本的かつ重要な概念なのだろう。抜粋すると、21「懸待一致」について説明しなさい、は、「懸」とは相手を攻めたり打ちかかる攻撃の意味で、「待」とは相手の動きを冷静に見極めながら出方を持つ意味である。懸かると待つ葉は表裏一体をなすものであり、攻撃中でも相手の反撃に備える気持ちと態勢を失わず、受けに回ったときでも常に攻撃する気持ちでいることが大切である。と、解答される。

これに照らすと、私の取り組み方はあながち間違ってはいなさそうに思える。しかし、評価が人それぞれ、正反対になるのは、何故なのだろうか。ある先生に相談したところ、「溜めは、待っていると思われることはあるよ」と。「溜めがあれば美しい剣道になる」。攻めつつ待ち溜めて打突ということになろう。そのバランスが常に中心に小さな振れで行きつ戻りつつ、そのように考えればいいのか。

MO先生に仕込んでいただいた剣道は、とりも直さず合気の剣道だ。合気の稽古にならない場合でも、努めて気持ちを見せること。打突できたとしても、打突されたとしてもそれはそれとして受け入れる。その積み重ねだった。

懸待一致と合気は、その関係が解けると楽になれるかな。

稽古日誌160814(43)

MK会

KC先生

「機会が良いな。しかし打が少し弱いな」。やっぱりそこか。

OZ先生